レンタルサーバー(2)
どうもこのサーバーはいかん!!
頻繁にアクセスし辛くなります。1年余り使っていますが、これまで使ってきたサーバーと比較してもずば抜けています。
コストパフォーマンスはよいのですが安かろう悪かろうではいけません。 どこかよいサーバーはないかと物色中です。
ただ移転するとなると結構面倒ですので、腰が重いのですが…
どうもこのサーバーはいかん!!
頻繁にアクセスし辛くなります。1年余り使っていますが、これまで使ってきたサーバーと比較してもずば抜けています。
コストパフォーマンスはよいのですが安かろう悪かろうではいけません。 どこかよいサーバーはないかと物色中です。
ただ移転するとなると結構面倒ですので、腰が重いのですが…
かねてからの約束でありました。豊橋に引っ越したら犬を飼うって…娘が特に楽しみにしていました。
取り敢えず住むところがないので家を作ってやりました。材料となる木は物置を探せば何か出てきます。それを利用しました。屋根に使うトタン板とコーキングがなかったのでそれだけ購入してきました。
久しぶりの日曜大工です。
ペンキは使い古しのものがあったのでそれを塗ってやりました。娘は「屋根は赤がいい」とか色々言っていましたが…出来上がった犬小屋を見た私の母が、
「ずいぶん地味な色に塗ったねぇ…」
娘が「ジミってなぁに?」
私はすかさず「かわいくて素敵ってことだよ…」
昨日の朝、私の父が散歩に出掛けたとき近所の雑木林でカブトムシを捕まえてきました。下の娘は大喜び。自分では怖くて触れないくせに…
そして今朝、ついさっき娘も一緒に出掛けていきました。またカブトムシを探しに…
自分の子供のころを思い出します。ラジオ体操の前に友達と山の中へ…いつもたくさんいるポイントへ行き、木を蹴飛ばして揺さぶります。ぽとぽといろんな虫が落ちてきます。
時には蜂に襲われたり…
でっかい蛇を見つけたり…
そうやって大きくなったんだなぁ。
子供たちもこの田舎へ移って、よりたくましくなって欲しいものです。
新しい拠点となった豊橋ですが、私たちの住むこの場所は街から外れた住宅街です。私が育った頃とは比較になりませんが、今でも自然が結構残っています。
昨日、せみが変な声で鳴いていました。「じじっ…じじっ…」泣き声に力がありません。
鳴き声の先を探してみると…カマキリにつかまってしまったアブラゼミが。大きなカマでしっかり抱えられてしまっています。羽をバタバタさせながら鳴いています。
カマキリはセミの目の辺りからかぶりついています。セミはだんだん力ない鳴き声になり、ついには動かなくなってしまいました。そして最後にはセミは羽根とその付け根の硬い部分を残すのみの無残な姿になってしまいました。
テレビなどでは似たようなものを何度か見ている子供たちですが、実物を見るのは初めてです。何も言わずじっと見ていました。
20年余りにわたってすごしてきた札幌を離れ、豊橋に移りました。高齢の両親のことなどいろんなことを考えた末です。そんなこんなで、しばらくこのブログの更新も滞っていましたが、再開です。
久しぶりの夏の豊橋は暑い。
北海道生まれの家族は最初は結構ショックの様子。しかし、人間の体はよく出来ています。徐々に慣れていくようで3日目には大分平気になっているようです。
一番楽しそうなのが1番下の娘。やや広めの庭の花などに水をやりながら自分も水浴び。きゃぁきゃぁ喜んでいます。
昨日は同じ町内の唯一の同級生と道端で世間話。お互いおっさんになったものです。
まだまだ引越しの荷物も片付いていないのですが、取り敢えず新しい場所での生活がスタートしました。
ここ数日の朝刊の記事に「もうヒバクシャは増やさない」という記事が連載されています。
私が子供だった昭和40年代から50年代、戦争のことはまだ比較的近い過去のことでした。法事やお盆、お正月などで人が集まると誰とはなしに空襲の話や満州での話が始まりました。
今はそれを知る人も少なく、また当時の記憶がある人も高齢となりなかなか話を聞く機会も少なくなりました。テレビや新聞などで外国の戦争のことが報じられていても、どこか他人事のようにも感じてしまいます。
まして子供たちにとっては戦争というのはもう遠い過去の事。戦争を経験したのはひいおじいちゃんの世代になってしまうでしょう。
毎年夏になると、戦争に関する記事を見かけることが多くなります。今はまだ戦争について語る人たちがいるから記事も作ることが出来ますが、あと20年もすると戦争経験者はさらに少なくなるでしょう。
そのときにマスコミも戦争が「遠い過去の事」として取り扱わないよう願わずにはいられません。
この夏から戦争体験者である私の両親と同居することにしました。子供たちにたくさん話を聞かせて欲しいし、またそれが、あの時代を生きた人たちの使命でもあるように感じます。
そしてそれをしっかり受け継いでいくこと、それが私たち以降の世代のやるべきことなのでしょう。
中学生の頃、私は広島に行きました。あの時見た「原爆ドーム」「資料館」で感じた衝撃は今でも忘れることは出来ません。毎年原爆の日の頃になると思い出します。本当に恐ろしいものをヒトは作り、それを使ったものです。
今日はがんばりました。だいぶ仕事も片付きました。
今日何気なくガソリンスタンドの看板に目を向けると「188円」…高い!!もうこれからは本当に自転車に頼る方がよさそうです。
それにしても日本の自転車にはアソビゴコロが少なすぎます。街を走る自転車の多くがママチャリ。ただ安いだけの自転車。このママチャリは結構重たいですし全体的に部品がガサイ。
この重たい自転車に子供二人も乗せたら結構危ないですね。最近は子供二人乗せることも認められているそうですが危ないものは危ない。
アメリカとかで見るトレーラーみたいなのは日本では販売していないんでしょうかね?どうも日本で自転車で牽引できるものといったらリヤカーしかありません。あまりカッコよくありません。
ロードバイクで牽引できるちょっとおしゃれなリヤカーなんて無いんでしょうかね。子供二人が座れるトレーラーなんて無いんでしょうか?そういうのあったら結構売れるような…いや…そうでもないか…
道路が自転車向きじゃないですからね。もっと自転車にやさしい道路であって欲しいものです。歩道は危ない!!車道はじゃま!!と、どうも自転車は肩身が狭いですから…こんなにエコな乗りものなのに。
8月になりました。
暑いです。仕事したくありません。海にでも行きたいです。本当は、山に行きたいです。大雪とか行きたいです。
雪渓の雪をカップですくってシロップかけたかき氷が食べたいです。
でも…仕事がたまっています。何とか今日、目処をつけたいです。
昨日の記事を書いていて色々思い出しました。旭岳の裏側、裾合平からお鉢平への途中に中岳温泉という温泉があります。山に登っている方はご存知でしょう。
登山道の脇の河原から熱いお湯が湧き出ているのです。川の流れをせき止めてお湯と混ぜてはいるのですが、本当に登山道の脇です。脱衣場なんてありません。「中岳温泉」と書いた板があるだけです。
メインの登山道からは外れますが、この時期は裾合平のお花畑を楽しみお鉢平~黒岳へという登山客が結構います。そこでスッポンポンになって温泉に入るのは結構勇気のいることです。深さも30~40センチ程度しかありません。
この時期に何度か近くを通りましたが、ちょっと入る気にはなれませんでした。
しかし、一度だけ5月から6月にかけての頃スキーを担いで大雪に…この頃は登山客はほとんどいません。
まだ周りには多くの雪の残る季節。中岳温泉の周りだけぽっかり穴が開いたように雪が解けています。春スキーでヘトヘトになった体を充分にほぐしてくれました。
私がこれまでに入った温泉の中でもっとも小さな温泉でした。
唐突な話題ですが、大学生のころ「渡辺淳一」の本にはまっていました。そのころは医療がテーマの小説を書く人というイメージ。1年生のとき病院に入院したときに相当数読みました。
内容は医療ではありませんが何度も読み返したのが「峰の記憶」
学生のころよく山に登っていたので、またこの小説の舞台となっている大雪にも何度も足を運びましたから、私の所属するクラブの連中はほとんどが読んでいたのではないかというほど。
ところで、この季節は、大雪は最もよい季節です。怖い怖い羆の気配や、とても愛らしいナキウサギとの遭遇など思い出いっぱいの場所です。私が通っていた20年ほど前は今ほど多くの登山客もおらず、本当に大自然に抱かれているという感じでした。
最近はかなり快適になっているようで…当然登山客も多いでしょうし、ナキウサギに遭遇する機会も減ってきているのかなぁ。7月の終わりというこの時期になると、いつも大雪のことを想ったりします。
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