制作コラム・ブログ

2008 年 7 月 30 日

大雪・中岳温泉

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 5:55 PM

昨日の記事を書いていて色々思い出しました。旭岳の裏側、裾合平からお鉢平への途中に中岳温泉という温泉があります。山に登っている方はご存知でしょう。

登山道の脇の河原から熱いお湯が湧き出ているのです。川の流れをせき止めてお湯と混ぜてはいるのですが、本当に登山道の脇です。脱衣場なんてありません。「中岳温泉」と書いた板があるだけです。

メインの登山道からは外れますが、この時期は裾合平のお花畑を楽しみお鉢平~黒岳へという登山客が結構います。そこでスッポンポンになって温泉に入るのは結構勇気のいることです。深さも30~40センチ程度しかありません。

この時期に何度か近くを通りましたが、ちょっと入る気にはなれませんでした。

しかし、一度だけ5月から6月にかけての頃スキーを担いで大雪に…この頃は登山客はほとんどいません。

まだ周りには多くの雪の残る季節。中岳温泉の周りだけぽっかり穴が開いたように雪が解けています。春スキーでヘトヘトになった体を充分にほぐしてくれました。

私がこれまでに入った温泉の中でもっとも小さな温泉でした。

2008 年 7 月 29 日

峰の記憶

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 7:50 AM

唐突な話題ですが、大学生のころ「渡辺淳一」の本にはまっていました。そのころは医療がテーマの小説を書く人というイメージ。1年生のとき病院に入院したときに相当数読みました。

内容は医療ではありませんが何度も読み返したのが「峰の記憶」

学生のころよく山に登っていたので、またこの小説の舞台となっている大雪にも何度も足を運びましたから、私の所属するクラブの連中はほとんどが読んでいたのではないかというほど。

ところで、この季節は、大雪は最もよい季節です。怖い怖い羆の気配や、とても愛らしいナキウサギとの遭遇など思い出いっぱいの場所です。私が通っていた20年ほど前は今ほど多くの登山客もおらず、本当に大自然に抱かれているという感じでした。

最近はかなり快適になっているようで…当然登山客も多いでしょうし、ナキウサギに遭遇する機会も減ってきているのかなぁ。7月の終わりというこの時期になると、いつも大雪のことを想ったりします。

2008 年 7 月 20 日

高校野球と陸上の差

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 7:52 AM

高校生のころ、私は高校野球があまり好きではありませんでした。というか、野球部があまり好きではありませんでした。

私の通う高校の野球部はとても弱く、夏の県予選で勝った話を聞いたことがありませんでした。それでもこの時期になると多くの生徒が応援に行きます。授業も短縮されたりして「みんなで応援に行きましょう。」なんて言われたりします。

練習でもグラウンドのほぼ半分を野球部が使い、残りの半分を陸上部とサッカー部で使います。野球部にはものすごく高そうなピッチングマシンがありました。誰がお金を払ったのか分かりませんが…

陸上部には満足に道具がありません。棒高跳びのポールは古く、練習中に折れて危うく一大事になるところだったこともあります。槍投げの練習用のやりは少し曲がっています。

鉄砲のタマも足りなくなります。仕方なく半分にちぎって使います。

「用意…ダァーン」ではなく、

「用意…ペチン」となります。一応煙は出るのでストップウォッチは押せます。でもちょっとズッコケます。

トラックの半分しか使えませんが長距離のトラック練習のときはサッカー部の練習スペースも走らなくてはなりません。トラックは400メートルではなく300メートルしかありません。ですから3コーナーから4コーナーにかけてはサッカー部のゴール前です。

練習中シュートでうたれた事もあります。結構痛いんです。1コーナーから2コーナーは陸上部の使う部分でしたが、野球部の外野練習などのとき球を後ろにこぼしたりすると野球部の1年生が飛び込んできます。

球を見ているのでこちらが走っているのには気付いていません。ですからこちらが避けなくてはなりません。

これでその野球部が強ければ「そうね、仕方ないね。」とちょっとは諦めますが、あまりにも弱くて…だったらもっと平等にグラウンドを使おうじゃないか…陸上部の試合の応援にもみんなでおいでよ…少なくとも野球部よりはよい成績だし…

野球部ばかり人気があってひがみもあったのでしょうけど、高校野球だけがもてはやされるのは今もなんだか納得がいかない。機会があったら地元の高校生の陸上大会なんか見に行ってみるといいですよ。あまり目立ちませんが、それぞれの生徒たちのひたむきな姿に結構感動します。

2008 年 7 月 13 日

子供の夏休み

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 4:20 PM

まもなく子供たちは夏休みです。毎年感じることですが、最近は真っ黒になって外で遊ぶ子供をめっきり見なくなりました。確かに外は暑すぎて場所によっては危険なのかもしれません。でもだからといってエアコンの効いた部屋の中ばかりですごしていいわけはありません。

私が子供のころは家にエアコンなんてありませんでした。それが普通でした。毎日のように外で遊び、真っ黒でした。

日中の最高気温は確かに当時より高いのでしょう。でも室内の温度は確実に当時より涼しくすごしやすくなっています。それでいいのかなぁ…

夏休み中のお手伝いに水まきがありました。庭の花に水をやり、縁側付近に打ち水をします。水をまいたあとのちょっと涼しい風に、いつもなんだかホッとしたものでした。

2008 年 6 月 24 日

学校裁量問題

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 12:56 PM

今の高校入試、一部の高校では合格者の平均点が300点満点で270点以上だそうです。うっかりミスが命取りになり、内心点が結果を左右します。それではいけないと応用問題を学校の判断で取り入れることが出来るようになりました。

という記事が今朝の新聞に。ラジオなどでも取り上げられています。次の入試からなので「間に合わない」という声もあるそうです。何が間に合わないのか分かりませんが…

自分のころはどうだったかなぁ…受験当日は花粉症がひどくまったく集中できなかったことだけ記憶しています。市内の普通科の公立高校ですべり止めの私立を受験していなかったので「落ちたらどうしようかなぁ」なんて考えていたのを思い出します。

受験勉強で一生懸命やったのは数学。苦手だったわけでもなく好きだったからです。英語はラジオ講座とアマチュア無線のおかげである程度の会話が出来るくらいになっていましたし、英語の問題を解くこと自体に何も面白みを感じなかったのでパス。

社会と国語は嫌いなのでなんとなく教科書を眺める程度。理科はまぁまぁ勉強した方でしょうか。

とにかく勉強時間の半分を数学に費やしていました。本屋さんで「難関高校超難問集」みたいな問題集を買ってきてひたすら取り組んでいました。仲のいい友達と数人で何日もかけて一つの問題を解くのです。

その問題集の解答には答えの数字しか出ていません。解き方については何の解説もありません。

だから友人ととにかく分かるまで、解けるまで競争でした。時には先生も巻き込み…先生も解けない問題が先に解けたときの優越感はなんともいえないものがありました。

それらの問題は何も難しいことをするのではなく単に考え方の目線をちょっと変えてみたり、図形であれば補助線を何本か引いてみると意外とすんなり解けてしまう問題が多かったと記憶しています。

その問題に取り組んでいるときはきっと私たちの脳の中はものすごく活発に働いていたのではないかと今でも思います。それが効してかそのほかの苦手な教科も大して勉強しなかったのにそれなりに出来たのかもしれません。

そんな勉強してきたので応用問題は大好きだったなぁ…出来れば応用問題だけでもよかったのに…

2008 年 6 月 21 日

そらちDEいーね

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 5:12 AM

今日の新聞に「そらちDEいーね」という農業体験を受け入れてくれる団体の記事が出ていました。本州からの修学旅行生などにとても人気なのだそうです。

都会育ちの子達は農作業はきっと体験どころか見たこともないものでしょう。野菜はスーパーで売っているものしか見たことがなく、いったいどのように育っているのかを知らない子達が多いのかもしれません。

私が子供のときは田舎育ちのせいもありますが、農作業は当たり前のように自分たちの身の回りにありました。当たり前のように手伝わされました。農家ではありませんでしたが、家庭菜園というにはちょっと広い畑があり、我が家の畑には野菜から果物家族で食べるにはあまるほどの収穫がありました。

日曜日といえば畑を耕し、雑草を取り、収穫をしというお手伝いに駆り出されました。今の子供たちのようにとても「楽しい」と感じられるようなものではありませんでしたが「働かざるもの食うべからず」という両親の言葉に仕方なく当たり前のように農作業をしたものです。

「そらちDEいーね」を体験し「楽しかった」と感じた子達が少々うらやましくもあり、またちょっとかわいそうにも感じました。

2008 年 6 月 18 日

梅雨の季節

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 5:02 AM

北海道はあまり関係ありませんが…

子供のころ梅雨だといってもそれほど関係ないことです。ただ雨が多いだけ。と感じていただけで、それでも外に遊びに行ったりまだ砂利道の多い田舎道に出来た水溜りを自転車で突っ走ったり、結構楽しんでおりました。

高校生くらいになるとちょっとうんざりしてきました。なぜなら学校が少々離れており、毎日自転車で十数キロの道のりを走っていたからです。カッパを着て学校に着くころには制服はぐしょぐしょ。今のように通気性もあるというような高性能のカッパなんてありません。サウナスーツを着て自転車に乗っているようなものです。

授業の間に少しずつ乾いてきます。蒸し暑いのでその冷たさがちょっと心地よく感じたりします。

授業が終わると今度は部活です。陸上部でしたが少々の雨でも走ります。短距離の連中はグラウンドがぬかるんでいると室内で練習していましたが、長距離の私たちは雨でもロードです。またぐしょぐしょになって走ります。

練習が終わっての帰り、まだ内側の湿っているカッパを着、再び自転車で…さらにぐしょぐしょになります。

家に帰り風呂に入るとようやく乾いた体になります。明日も雨でしょうからカッパの内側を拭いて、靴に新聞紙をつめて水気を取って、ぬれたかばんを拭いて…

この時期になるとその高校生のころの毎日ぐしょぐしょになっていたころのことを思い出します。

2008 年 6 月 11 日

カテゴリー: k2-sの回想録 — admin @ 5:19 AM

子供のころから私は駅のそばに行くと不思議な感覚にとらわれます。都市の大きな駅ではなくちょっと小さめの駅だと特に感じます。

自分が電車に乗っているとき、とある駅に停車すると何気なく目に入ってくる光景。駅裏の線路に面した裏通りを人が自転車に乗ったり歩いたりしている。別に何も珍しい光景ではないのですが。

「この人たちはここに住んでいるのだなぁ。」
「家に帰ってこれから晩ご飯なのかなぁ。」
「ここには僕のまったく知らない人たちの生活があるのだなぁ。」

などと、感じてしまうのです。そんなの当たり前のことで見知らぬ人にもみんなそれぞれの生活があるのは分かりきってはいても、なぜか駅から見る人々には改めてそのことを想ってしまうのです。

この感覚はバス停にとまっているときにはないし、車から見る見知らぬ人には無いのです。なぜか電車の駅から見る、しかも駅に面した裏通りを行き交う人たちに持つ感覚なのです。

この感覚は自分が電車に乗っていないときは逆の立場で想ってしまいます。

「あの電車に乗っている人たちに”ここに住んで暮らしている人なんだなぁ”と思われているだろうなぁ。」

と、感じてしまいます。そしてすぐ横をガタンゴトンと通り過ぎていく電車を横目に見ながら、

「ここに住んでるよぉ。決して裕福ではないけどそれなりに幸せに暮らしているよぉ。」

と思ったりします。

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