危険な遊び

私が育ったのは愛知県の田舎町。今でこそ住宅街となっていますが、私が子供のころは、家の周りはみかん畑と柿畑、それ以外は山と雑木林と湿地。近所の家は数件しかありませんでした。

小学校までは歩いて1時間ほど。そんな私や友人のよく遊んだ場所といえば近くの川にすむ亀や魚を捕まえること。そしてその川の下流にある池まで行き、その池で釣りをしたり…

あるときその池でコンクリートを混ぜるときに使うフネを見つけました。正式な名前は知りませんが、鉄でできた四角い大きなバット(野球のじゃなくて料理のときに使う)を見つけました。そして友人と文字通りそれを船にして釣りをしようと…長い竹の棒を見つけてきてそれを櫂(かい)にして。しかし、池はすぐ深くなりその竹の棒は池の底に届かず、しかも風の強い日だったため、容易に岸に戻れません。

手で一生懸命かきましたが、ほとんど風に流されてやっとのことで岸にたどり着きました。面白かったのですが、ちょっと怖かったためその船には二度と乗りませんでした。

もうひとつよく遊びに行ったポイントは近くの岩山。そこの山の頂上には第2次大戦中砲台があったと教えられ確かにその山全体には防空壕が網の目のように掘られていました。

ある穴から入って中にどんどん進んでいくと山の反対側のほうから出てきたり、途中で行き止まりになっていたり…当時は防空壕の入り口が立ち入り禁止になっているわけでもなかったんです。ただ、入り口から10メートル程進んだところにほぼ等身大のガイコツの絵の描いてある看板があるんです。そこになんて書いてあったかは記憶にありませんが、暗闇で懐中電灯に照らされるその看板はあるってわかっていても、ドキッとしたものです。

現在ではその防空壕はすべてふさがれています。

今の子供たちも、こんな遊びをしたらきっと喜ぶだろうなぁ…こんな遊び場があったら喜ぶだろうなぁ…でも、「危険だ!!」、「野蛮だ!!」、「人でなし!!」って、きっといろんなところから声が上がるんだろうなぁ。でもちょっと危険なぐらいの遊びが一番楽しかったように思います。

今の子供たちは、その危機体験をバーチャルでする。本当の危機を体験しない。

大丈夫かな?

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